petit-cul’s blog

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世田谷の図書館に行き、片っ端から写真集や写真史を借りてめくった。
「なんだか好いな…」と思うページを、コピーしてその写真の評論もまとめて糊で綴じる。
何度も見返し読み直しているうちに自分の好きな傾向がぼんやりとわかった。



Emmet Gowin Edith


20年も前のこと。
まとめたそのスクラップの中身は、
ウォーカー・エヴァンス、ドロシア・ラング、マーティン・ムンカッチ、ジュリア・マーガレット・キャメロン
エドワード・ウェンストン、ポール・ストランド、ハリー・キャラハン、ルイス・ハイン、ロバート・フランク
エメット・ゴーウイン…らの写真。
カラー写真もあるが、70年代までの「名作」と呼ばれる白黒写真であった。




[
FSA Dorothea Lange
]
FSA UNKNOWN


フィクションでは無く、ドキュメンタリー・フィルムと呼ばれる記録映像作品にも惹かれた。
その一つが、アメリカの「FSA」の記録写真である。
1929年の世界恐慌勃発後、ルーズベルトは、ニューディール政策を施行した。
市井にあふれる失業者には、ダム建設などの公共事業や雇用政策を打ち出すものの、
中部や深南部の農家などまでは救済できなかった。
FSA(Farm Security Administration)アメリカの「農業安定局」は、
「貧窮にあえぐ農民の姿の写真を新聞に載せて、救済基金を募ろう」と画策した。


スタインベックの「怒りの葡萄」の時代である。


SFAに選ばれ、各地に飛んだ写真家は、
ジャック・デラーノ、ウォーカー・エヴァンス、セオドア・ヤング、ドロシア・ラング、ラッセル・リー、
カール・マイダンス、ゴードン・パークス、アーサー・ロススタイン、ベン・シャーン、ジョン・ヴェイション、
マリオン・ポスト・ウォルコット
そしてマーガレット・バーク・ホワイト


アメリカ中部、深南部は、砂嵐による凶作や世界恐慌による銀行の貸し渋りにより、地主は担保の農地を取り上げられ、
働いていた小作人、農業を中心としていた街でも職も住む家も失った人びとが路頭に迷い、
その日その日の食べ物にも困るありさまだった。
毛皮を身に纏いそこに降り立ったマーガレット・バーク・ホワイトは、そのありさまをそのまま写さず、
スタイリング、演出し、より「恐れと哀れみ」を感じさせる写真をSFAに提出した。


涙を誘う彼女の写真をSFAは採用、報道し、功を奏した。
それに対し、ありのまま「それでも強く生きて行く人びと」を撮ったウォーカー・エヴァンスらの写真は、退けられた。




それから20年過ぎ、評価されたのは、ウォーカー・エヴァンスの写真だった。
それは、エヴァンスの写真が「真実」でマーガレット・バーク・ホワイトの写真が「捏造」だったからではない。
(その逸話を抜きにしても彼女の作品には、惹かれない)
もしくは、「抒情詩、主観的」と「客観的」の違いでもない。


以下は、エヴァンスの写真を評したものでは無い。
自分が、彼の写真を観て、代弁するものを選んだものである。


<私はフォーマリスト教育の産物。社会問題を扱った作品であれ、内容がどんなに新しいものであれ、
作品を作品たらしめるのは、やはり線、形、色、構成といった視覚的要素>
グッゲンハイム美術館のキュレーター ダイアン・ウォルドマン


FSAの写真を撮ったドロシア・ラングは、自分の暗室の扉に哲学者フランシス・ベーコンの言葉を貼付けていた。
<事物を誤りなく、とりちがえたり、欺いたりすることなく、ありのままに熟視すること自体
発明に由来する全成果にもまして尊いことだ。>


映画「カラヴァッジョ/天才画家の光と影」で、カラヴァッジョを演じた俳優アレッシオ・ボーニは、
<観想>について語っている。
「観想(テオリア)」とは、特定の対象に向けて心を集中し、その姿や性質を観察することである。




歴史の審判に耐えうる芸術作品に必要なものとは、「センス」であり「観想」である。




(うろ覚えだが)20年前ですら、
新聞や雑誌、食品パッケージ、看板などの写真をあわせたら、「人は一日に1600枚もの写真を目にしている」
という記事があった。インターネットが普及する前の話である。
今なら、そんな数では済まないだろう。
「芸術写真」でも「説明/広告」の為の写真でも言えることは、
それらの被写体の前にはすべて写真家が居る(居た)ということだろう。


純粋写真、(そんなものがあるのかわからないが)表現ということでも、
被写体が、特殊な職業の人びと、影や、ある一部分を強調したもの、鏡に移したもの、顔を隠しているもの、
宙に浮かんだ瞬間,寂れている風景…という写真は、今はもう巷に溢れている。
フォトショップで加工した画像は、もうメイク・フォトとは言わないし…
自分で撮らないでアマチュアが撮った写真を選んで,
それを巨大に引き延ばしたり、ある一部分だけをトリミングしたり、関連づけた写真を幾枚も並べたり、
額装したりしたものの作品もある(らしい)
陰影の強調や、遠近法、ぼかしなどは無く、どれも均一なトーンであり、
求められるのは、「被写体の正しい再現性」のみ、写真家の作品では無く、コピー(転写)である。
それも表現である(らしい)




骨董市で見かける(ありきたりな)観光写真や、家族のポートレイトは、芸術ではない?
その写真の大多数が、視線はこちらを向いているし、服装も整っている。建物や風景は、バランス良く収めてある。
しかし印画紙は古びている。



Ernest J. Bellocq
American (1873-1949)
Untitled [Woman in body stocking], ca. 1912
Gold-toned printing-out paper print, 8 x 9 7/8 in. (20.3 x 25.1cm)
Printed by Lee Friedlander, after 1970
George Eastman House Collection


「発掘された(未発表)作品」
70年代のセルフ・ポートレイトで知られる写真家リー・フリードランダーは、
ニュー・オリンズで娼婦のポートレイトを撮ったE.J. ベロックのガラス乾板を偶然発見する。
生前のE.J. ベロックは、まったくの無名であった。


彼は、それを印画紙に定着して展覧会、その後E.J. ベロックの作品集としてまとめた。
しかし被写体は娼婦ではあるが、「特別」ではない。いわゆるブルーフィルム的な写真は、既に他にあったから。
E.J. ベロックの写真は、匿名にするためか顔の部分を削ったものがあったり、発見されるまでの経年劣化による腐食が、独特の風情を与えている。


E.J. ベロック、牛腸茂雄、ユジュン・バフチャルの写真の被写体からの視線に共通するものを感じる。
例えばカメラを向けられて自然にリラックスして振る舞える人は居ない。
ベン・シャーンや、アンドレ・ケルテスは、一部の写真にアングル・ファインダーを使って隠し撮りをしたものがある。
長い時間を費やして親密な関係を築いた友人や家族が写真を撮るわけではない。
あかの他人にカメラを向けられたら、身構えるだろう。
カメラを手にする者が、子供だったらどうだろう?被写体は、ディフェンスを解き、自然な笑顔を見せるに違いない。
胸椎カリエスに侵され(自分のお爺さんもそうだった)、盲人、特異な風貌だった彼等にしか撮れない世界はあるのだろう。



コンプレックスは、(与えられた)ギフトなのか?







20年前の28歳の時、
ある人に質問された。
「あなたはどんな写真家の作品が好きですか?」



澄 敬一